• イマームレザーの生誕日に寄せて
    イマームレザーの生誕日に寄せて

イスラム暦ゼルカアダ月11日はシーア派8代目イマーム、レザーの生誕日です。 イマームレザーは、西暦765年にあたるイスラム暦148年のゼルカアダ月11日、サウジアラビアのメディナに生まれました。

イマームレザーの生誕日に寄せて

 

イスラムで重視されているのは、人間の行いです。それぞれの人間の価値は、その人の行いによって決まります。家柄や肌の色、民族や部族、社会関係といった要素が、人間の優越を決める要素とは見なされません。誰も、特別な家系の出身、引いては預言者やイマームの一門、特定のグループに属すること、あるいは上流階級に属するからといって、努力をやめたり、よい結果を期待することはできません。イマームレザーもまた、白人と黒人、貧しい人と豊かな人、あらゆる階層の人々の間に差別を設けることはなく、人々の優越は、ふさわしい行動と真の敬虔さ、神への信仰によって決まると考えていました。

 

神の預言者たちは、常に人々に平等を説き、自分の家族にも、家柄に頼らず、行動を重視するよう教えていました。イマームレザーも、友人や知人に対して次のように語っていました。「神との間に血のつながりを持つ者はいない。神とのよい関係が、行動と服従以外によって得られることはない」

 

ある日、一人の人物がイマームレザーにこう言いました。「神に誓って、祖先や家系の点で、地上にあなたよりも優れた人物はいないでしょう」 それに対してイマームレザーはこう答えました。「私の祖先に優越を与えたのは、敬虔さである。神の命への服従によって、彼らはあのような地位を築いたのだ」

 

また、別の日にある人物が、イマームレザーに向かってこのように話しかけました。「神に誓って、あなたは最高の人物です」 イマームレザーは彼にこう答えました。「そう言ってはならない。私よりも優れている人物とは、私よりも神に服従し、神の命に背くことを私以上に避ける者である」 それから、彼のためにコーラン第49章アルホジュラート章私室の第13節を読み上げました。この節には次のようにあります。エ「人々よ、我々はあなた方を男女に創造し、あなた方をさまざまな部族の中に置いた。互いを知ることができるように。[だがこれらは優越の基準ではない。]神にとってあなた方のうち、最も尊い人間とは、最も敬虔な人々である」

 

イマームレザーの生誕日に寄せて

 

イマームレザーの敬虔さと美徳は、敵さえも魅了するほどのものでした。彼は人々と最大限の礼儀を守り、謙虚に優しく接し、いかなるときも、人々と自分を切り離すことはなく、次のように語っていました。「イマームは優しい父親であり、心を痛める兄弟であり、愛情においては母親が幼い子供に対するように接する。イマームは、悪いことがあったときの人々の避難所である」

 

イマームのこの言葉の中には、優しい父親、心を痛める兄弟という表現による、イマームの人々を愛する心が現れています。さらにそれだけでなく、イマームは幼い子供に接する母親のようだとも言われています。イマームレザーの召使いであったヤーセルは次のように語っています。「イマームレザーが、誰かを言葉によって苦しめるのを見たことがない。イマームは召使いたちに対しても、“もし私があなた方に何か用事を求めたとき、あなた方が食事をしていたら、それが終わるまで立ち上がってはならない”と言っていた。そのため、イマームが私たちを呼んだ時、私たちが食事をしていると聞けば、イマームは優しく、それなら食事が終わるまで待とうと言われたことが何度もあった」

 

社会によい行いを広めるには、教育や文化形成が必要です。人間の良い性質を育むための最良の方法は、それらを実行することです。預言者やその一門、善良な人々の行動は、教育のために最も適した方法です。イマームレザーも、社会の文化を形成する上で、そのような方法を取っていました。イマームレザーに何度も会いに行っていたイブラヒーム・イブン・アッバースという人物は、イマームレザーの行動や礼儀について次のように報告しています。

 

「イマームレザーが、誰かに威圧的に話したり、誰かの話が終わる前にそれを遮ったりするのを見たことがない。彼は相手が話し終えるまで待ち、必要であれば自分の意見を言っていた。また、何かを頼まれた時には、それが可能であれば決して断ることはなく、誰かの前で足を延ばすことも、どこかに寄りかかることもなかった。また、召使いについて悪く言うのも観たことがない。密かに施しを行い、夜の暗い闇の中で、それを行っていた。イマームレザーのような美徳を他の誰かに見たことがあると言われても、それを信じるべきではない」

 

人々と同じ生活を送ることも、イマームレザーの特徴のひとつでした。イマームの教友たちの一人は、次のように語っています。「イマームレザーは、夏にはござの上に、冬にはフエルトの上に座っていた。彼の家の中での服装は、だぼだぼの荒々しいものだったが、集会に参加するときには、最高の服を身に着けていた。なぜなら、衣服は人間の外見を象徴するものであり、それを軽視することはできないと考えていたからだ」

 

このような行動は、イマームレザーの考え方や道を物語るものであり、その中には、きちんと身なりを整えることは、他人に敬意を示すための社会的な義務であるという点が見られます。しかし、宗教の指導者たちの個人的な生活は、華やかさとは程遠いものでした。イマームの生活を間近に見ていたすべての人が、イマームは常に、質素な生活を送っていたとしています。彼がアッバース朝の為政者、マームーンの皇太子になったときでさえも、その地位の偉大さや権力に注目することはありませんでした。イマームレザーが皇太子の任務を受け入れざるを得なくなった時、断食明けの祝祭の日が訪れたため、マームーンは礼拝を行うためにイマームを招待しましたが、イマームは神の預言者ムハンマドと同じように、最も質素にはだしで現れたと言われています。

 

恵まれない人々の物質的なニーズを満たし、施しをすることは、コーランの確かな節の内容であり、原則のひとつです。イマームレザーもまた、恵まれない人々への援助や施しをごく普通のこととして行っていました。

 

イマームレザーの生誕日に寄せて

 

イマームレザーの側近の一人は、次のように語っています。「ある日、見知らぬ男がイマームのもとを訪れ、挨拶をして、“私はメッカ巡礼から戻ったばかりで、道の途中で金が尽きてしまったため、私に援助をしてください。祖国まで帰ったら、それと同じ額を施します。私は自分の町では決して貧しい人間ではありません。旅の途中で金が必要になってしまったのです”と言いました。するとイマームは立ち上がり、別の部屋に行って扉の裏から、自分の顔が見えないように手だけを伸ばして言いました。“この200ディナールを受け取り、道中の糧にしなさい。私からのものとして、同じ額を施す必要はない” その男は金を受け取り、去って行きました。イマームのもとにいた人々は尋ねました。“なぜ、金を渡す時に、あなたの顔が見えないようにしたのですか?” するとイマームは言いました。“金を受け取る時に、金を無心したことへの恥ずかしさを感じる彼を見ないようにするためだ”」

 

イマームレザーの生誕日に際し、改めて世界のイスラム教徒にお祝いを申し上げ、今夜の番組を終えることにいたしましょう。

 

2017年08月03日16時41分
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