• イマームハサンの殉教日に寄せて
    イマームハサンの殉教日に寄せて

明日、イスラム暦サファル月7日は、シーア派2代目イマーム、ハサンの殉教日です。

イマームハサンの殉教日に寄せて

 

イマームハサンは、シーア派初代イマーム、アリーと預言者の娘、ファーティマの間に生まれた子供であり、預言者ムハンマドの初孫です。歴史によれば、イマームハサンは、預言者ムハンマドに最もよく似ていたと言われています。預言者もまた、イマームハサンに特別な愛情を抱いていました。

 

イマームハサンは、8年間、預言者とともに暮らし、預言者の性格や行動の影響を受けていました。そして、預言者という光り輝く存在により、神の秘密や真理を学んだのです。イマームハサンは、啓示が下った際に預言者の傍らにいたこともあり、神の節を預言者の口から聞き、母のファーティマに話したりしていました。

 

イマームハサンは、非常に忍耐強くて謙虚で、人々に優しく寛容なことで知られていました。イマームハサンは、3度、それも毎回、財産の半分を神の道において貧しい人々に分け与え、「預言者一門の寛容で高潔な人」と呼ばれていました。

 

「忍耐強い」という意味のハリームという言葉は、聖典コーランに15回出てきます。そのうち11回は神の性質を現しており、2回は、神の預言者イブラヒームの性質、1回はイブラヒームの息子のイスマイールの性質、そしてあとの1回は、預言者シュアイブの性質を現しています。

イマームハサンの殉教日に寄せて

 

そのため、忍耐を意味するヘルムとは、イスラム的、道徳的に重要な価値観のひとつであり、預言者のような優れた人物が、このような性質を有しています。また、ヘルムという性質を完全に兼ね備えた人々は、実際、神の性質の一つを備えた人物の象徴です。神は聖典コーランの中で、預言者イブラヒームを、そのような性質を持っているゆえに賞賛し、第11章フード章第75節で次のように語っています。

「まことにイブラヒームは、忍耐強く、神を支えにし、神へと立ち返る人物であった」

忍耐強い、を意味するハリームとは、イマームハサンの特徴を示す言葉でもありました。メディナの町で、シリア出身の老人が、馬に乗っているイマームハサンを見かけました。老人はできる限りの罵声をイマームハサンに浴びせました。イマームの教友たちがその老人を遠ざけようとしましたが、イマームはそれを妨げました。老人の言葉が終わると、イマームハサンは老人のそばにやって来て挨拶をし、微笑みながら彼に言いました。

 

「あなたはここの土地の人ではありませんね。あなたは何かに不満を抱いているようです。もし私たちに何かを求めるのであれば、あなたに与えます。もし私たちに指導を求めるのであれば、あなたに指導を与えます。もし援助が必要なのであれば、それを差し上げます。もし何かから逃げているのなら、あなたをかばい、守ります。あなたの馬を私たちの家へと向かわせれば、いつまででも私たちの家に留まってください。あなたにとってよりよいことになるでしょう。私たちは広くて何でも整っている家を持っています」

 

老人は、イマームハサンの忍耐強さによる、この愛情に溢れた言葉をきいたとき、深い感銘を受け、涙を流してこう言いました。

 

「あなたは地上における神の指導者である。神は、誰を自分の使徒とすればよいのかをよりよく知っている。あなたとあなたの父親は、私にとって最も忌み嫌うべき人物だった。だが今は、あなたは私にとって、最も愛すべき人物である」

 

その後、老人はイマームハサンの家に入り、この偉人のもてなしを受けました。そして、自分の心を預言者一門の愛情で満たした後、イマームハサンのもとを去っていきました。

 

イマームハサンを初めとするイマームたちは、コーランの教えによって育ちました。そのため、彼らの行動は美しいものでした。イマームハサンは、あるとき召使から花をもらいました。花の香りが部屋中に満ちていました。イマームハサンはそのにおいをかぎ、微笑んで言いました。「あなたを自由の身にしよう」 召使は喜びのあまり、なんと言ったらよいのか分かりませんでした。そのため、そのまま部屋を出て行きました。すると、イマームハサンの教友のひとりが、驚いて言いました。「なぜ、あのような小さな花のために、彼を自由の身にしたのですか?」 イマームハサンは優しく答えました。「私たちは神からこのように教育されています。コーランにも、贈り物を受け取ったら、それ以上の形で返しなさい、とあります。彼を神の道において自由にすることは、彼にとって最高の贈り物でした」

 

イマームハサンは、父親の殉教後、人々の要請によって為政者の地位を受け入れ、父親の公正な道を引き継ぎました。イマームハサンへの人々の忠誠の誓いは、シャームという土地を支配していたムアーウィヤにとって予想外のことでした。そのため、イマームハサンに敵対し、イラクに向けて軍隊を送りました。

 

ムアーウィヤは、この軍の派遣の裏で陰謀を企てていました。その陰謀と、イマームハサンの軍の司令官の裏切りや偽善、そして人々の分裂により、イマームハサンは、イスラムの原則を守り、イスラム教徒の利益を維持するため、ムアーウィヤと和解せざるをえなくなりました。

 

イランイスラム革命最高指導者のハーメネイー師は、イマームハサンが生きた時代の困難さについて次のように語っています。

 

「イマームアリーは、当時のイスラム社会の状況によって殉教した。その後、イマームハサンがイマームの地位を受け継いだが、それから6ヶ月と続かなかった。彼の周囲の人は彼のもとから離れていった。イマームハサンは、限られた数の教友たちとともにムアーウィヤと戦い、殉教すれば、イスラム社会に広まっていた多くの道徳的な退廃により、自分の後を継ぐ人がいなくなることを知っていた。ムアーウィヤの狡猾さや財産によってすべての人が支配され、1、2年後には、イマームハサンのムアーウィヤとの戦いは無駄だったと言うことになるだろうと考えた。そのため、殉教を避けた。なぜなら、自分の死が無駄になることを知っていたからだ」

 

ハーメネイー師は続けて、次のように語っています。

 

「時に、殉教した方が、生き続けるよりも容易なことである。本当にそうである。そのことは、熟考する人であれば理解できるだろう。ある環境の中で生き続けること、努力することは、殉教したり、殺されたり、神に近づいたりすることよりもはるかに難しい。イマームハサンは、そのような困難を選んだのだ」

イマームハサンの殉教日に寄せて

 

ウマイヤ朝の統治は、イマームハサンに和平を受け入れさせた後、多くの目的を達成しました。しかしそれでもなお、イマームハサンの存在が、彼らの悪しき目的を実現する上での障害となっていました。ムアーウィヤは、自身の後継者を決めようとしていました。彼は、イマームハサンが生きている間に後継者を決めれば、彼に強く反対されることを知っていました。そのため、どうにかして、イマームを亡き者にしようと考えました。

 

ムアーウィヤは、じっくりと考えた後、イマームハサンの妻こそ、その悪しき目的を実現するために最適の人物だと考えました。そこで、ひそかにイマームハサンの妻に大金を送り、イマームハサンを殺せば、彼女を自分の息子ヤズィードの妻にすると約束しました。イマームハサンの妻も、華やかな生活を夢見たため、イマームハサンの飲み物に毒を入れました。こうしてまもなく、この毒が原因でイマームハサンは殉教しました。

イマームハサンは、神の宗教を救うために、ムアーウィヤの圧政的な統治体制と和解し、偽善者によって命を落としました。

イマームハサンの殉教に追悼を捧げ、今夜の番組を終えることにいたしましょう。

 

2017年10月26日22時13分
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