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    ノウルーズ

前回は、春の新年ノウルーズが、イラン人やその他の諸国民を文化的に結びつける役割を果たしていることについてお話しました。

ノウルーズの祝祭は、イラン文化圏に広まっている、多彩な機能を持った古式ゆかしい祝祭であり、現在も生き続けています。今夜は、前回の続きとして、様々な国にノウルーズが広まっていること、そしてそれらの国の社会を文化的に結びつける上で、ノウルーズが果たしている役割についてお話することにいたしましょう。

 

ノウルーズは、民族の区別を超えた、最も大衆的で最大規模の祝祭であり、春の初めに実施されます。数千年前から現在に至るまで、南アジアから中央アジア、中東、コーカサス地域にまたがる様々な民族が太陽暦の年明けに喜びいさんでこの古式ゆかしい祝祭を執り行ってきており、これは今後も続くと思われます。

現在、ノウルーズを祝う地域は広範囲にわたり、中国西部の新疆ウイグル自治区から、小アジアとされるアナトリア半島に至るまでの地域、すなわちインド亜大陸、アフガニスタン、そしてチグリス・ユーフラテス川流域、さらには中央アジアとコーカサス地域にまたがるおよそ3億人もの人々が、ノウルーズを祝っていることになります。

具体的には、ノウルーズの祝祭はアフガニスタン、イラン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン共和国、トルコ・イラク・シリアのクルド人居住区、そしてインドとパキスタンの一部において、春の初めの儀式として実施されています。さらに、古代にイラン系の移民が移住した、現在の東アフリカのタンザニアでも、ノウルーズを祝う習慣が広まっています。そしてもちろん、広範囲に及ぶこれらの地域には、イラン文明の発祥地であるイランが含まれています。

この統計にはほかにも、これらの国や地域出身の移民で、世界各地に散らばって居住している人々を加える必要があります。これらの移民は、ノウルーズを共同の祝祭として開催し、これを互いに寄り添い、再認識しあうための機会とみなしています。

 

 

 ノウルーズは、この祝祭を実施する地域全体のすべての民族や国民の間における、最も古く広範囲にわたる共通の行事であり、喜びや共感、友愛、同調を元に成り立っており、人々の精神状態に真新しさや新しい動きをもたらします。

また、ノウルーズは芽生えや誕生の儀式であり、古代イランの歴史にルーツを持ち、悠久の歴史を誇っています。これまで3000年以上にわたって、世界の広範囲にわたる地域の人々が国家、地域単位で春の到来を祝っており、ノウルーズを新年の基盤とみなしています。

ノウルーズのルーツは、古代の神話にさかのぼり、その後幾多の紆余曲折を経ながらも、常に存続してきました。この祝祭は、自然界のシステムとの論理的な関係を持ち、人間としてあるべき倫理を守り、友愛的な社会関係を尊重していること、そして同胞たちへの更なる貢献という動機付けや喜びを与えるものであることから、常に各時代の荒波を免れ、現在まで存続しています。ノウルーズは私たちに、敵愾心やマイナス思考をやめ、清らかさを求め、美しいものや善良なもののすべてを受け入れるよう促しています。

こうした価値観は、複数の文化や諸国民の間の友愛を強化し、平和を維持するという特別な機能を有しています。このことは、ノウルーズが国際的に登録、認識されたことで、それまで以上に注目され、ノウルーズの最も基本的な発祥地であるイランにまたとない機会がもたらされていることを意味します。

 

ノウルーズが文化的、政治的な要素を持っていることによるその重要性や、これが果たす幅広い文化的な役割に注目すると、ノウルーズを地域単位での連帯の機会として利用できることになります。ノウルーズの祝祭には、人間的、宗教的な理念や思想が込められていることから、毎年ノウルーズを祝い、これを信じている様々な民族や諸国民を互いに近しくさせることができるのです。

数多くの学者の見解では、ノウルーズは民族や国民の種別を超えた、広範な地域を発生源としていることから、特定の民族や宗教、集団によらず、古代アーリア文化圏の気候風土、地理面での全体的な状況から発生したと考えられています。

ノウルーズの慣習は、幅広い領域におけるあらゆる信条や民族の集団の共通した側面を反映しています。ノウルーズ文化圏に集まった全ての民族、そしてこの領域に広まった全ての信条の潮流が、最終的にノウルーズの慣習を受容し、自らとノウルーズの間で相互作用を生み出しています。このため、ノウルーズの慣習は、特定の民族や言語という狭い領域に留まることなく、民族的な枠組みや国境を超えて広まりました。このことから、この祝祭は、共通の歴史的な遺産、そして文化的、精神的に共通するアイデンティティとして、地域的な連帯や同調を促進する力を持っていることになります。

国境や民族の枠組みを越えたノウルーズの慣習

 

ノウルーズは、イランの文化的な要素の1つであり、特にこの数十年間においては、それまで以上に現在のイランの地理的な国境を越えて、中央アジアやインド、中東やコーカサス諸国に広まっています。こうした動向は、ノウルーズが再び国際化している流れと解釈することができます。それは、ノウルーズは過去の歴史のある時代にも、国際的に広まっていたからです。

実際に、ノウルーズはある意味では限られた地域的な祝祭とされているものの、常にイランの国境を越えて広まっていました。この点から、ノウルーズの歴史は2つの基本的な段階に分けられます。1つは古代で、ノウルーズがほぼ全世界に普及していたものの、キリスト教の普及やイスラム教の出現により、ノウルーズ文化圏が次第に制限されていった時期です。2つめは現代であり、国際化の流れとともに、そしてイランやアフガニスタン、タジキスタン、中央アジアからイラン系の諸民族が西側諸国をはじめとする全世界に移住していったと同時に、これらの移民によりノウルーズの慣習が多くの国で実施されています。そして、この動向がもたらした結果の1つが、ノウルーズのユネスコ無形遺産への登録です。

こうした状況のもと、ノウルーズは新たな芽生えや新鮮さ、喜びや友愛のシンボルとして、アジアの崇高な文化的価値観を西側諸国の人々にアピールする機会とされ、さらにノウルーズ文化圏の国民からそれ以外の文化圏の人々への贈り物とされています。実際に、自然の目覚めと新年の始まりを祝う事は、自然界における社会生活への必要性に起因する正確な天文学的計算に基づいており、それだけで古代イラン人が人類社会に記憶遺産として残した、価値ある比類なき贈り物だといえるでしょう。

 

ノウルーズには、怨恨や敵愾心、嫌悪感の存在場所はなく、誰もがこれらを回避する必要があります。このため、現代の世界において交流と平和の実現が望まれていることから、ノウルーズの高潔で精神的な価値観に注目する事で、これまで以上に世界に友愛や慈しみ、交流、共感、協力というメッセージをもたらしうるといえます。

ノウルーズに基づいて生まれた慣習や儀式、そして信条の基本には共通点が見られることから、人々の間に最も強い絆を生み出します。この共通点がより古く、奥深いルーツを持つものであればあるほど、また、特に歴史的なつながりを有していれば、人々の形成する集団同士の連帯や見解の一致に、より大きな効果を発揮すると思われます。このため、ノウルーズは団結の促進や、特定の集団のみに属さないという特徴からして、様々な文化圏の人々の絆や親近感を強める重要な要素としての役割を、成功裏に果たしてきました。この役割は、今なお躍動的に生き続けており、まさにここにノウルーズの普及伝播と存続の秘密があるとされています。

ノウルーズは、文化的外交における最高の手段として機能しています。国連でも毎年、ノウルーズ文化圏にある国々と同様に、ノウルーズを祝う縁起物を飾った食卓が設けられますが、このことは国際社会がイラン人とともにこの春のよき日を祝っていること、そしてノウルーズが文化的にプラスの要素の全てに合流する力を持つ、後世にまで残る文化的な要素であることを示しているのです。

 

 

 

 

2018年03月28日17時57分
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