テロ組織が自称する政治体制の崩壊は、その支援者、特にサウジアラビア政府の失敗を意味します。確かにサウジアラビアはイラクとシリアの危機における敗北に耐えられないのみならず、イエメンの攻撃にも失敗しています。

サウジアラビア軍は2015年3月25日、イエメンに対する大規模な攻撃を開始し、同時にイエメンを海上から封鎖しました。アラブ諸国数カ国も、表面上はサウジアラビアに同調しており、ただアラブ首長国連邦がこの中で積極的です。このサウジアラビアのイエメン空爆の中で、数万人が死傷しています。一方で、イエメンのシーア派勢力のフーシ派による、サウジアラビア領内へのミサイル攻撃は、サウジアラビアで懸念を呼んでいます。さらに、イエメンのサーレハ元大統領の殺害などは、サウジアラビアを失望させました。このため、サウジアラビアは抵抗勢力やイエメンの人民軍に対抗する上で失敗し、泥沼にはまりました。

イエメンのミサイル

 

サウジアラビア海軍による、イエメンの海上封鎖により、イエメンの人々は、食料や医薬品を得るうえで制限を受け、コレラなどの伝染病が蔓延しました。イエメンの人々の飢えや病気、戦争による残念な状況から、国際機関は昨年、イエメンの虐殺を停止するよう、よりいっそうの努力を払いました。昨年12月6日、国連はサウジアラビアを子供の権利侵害国のリストに入れ、イエメンの10人の子供のうち、8人が栄養失調に苦しんでいるとしました。

病院も、多くの病人がいること、薬や医療器具が極端に不足していることから、苦しんでいる人々に医療サービスを提供することができません。政治アナリストは、このイエメンの人々に対するサウジアラビアの非人道的な行動は、軍事衝突において彼らが失敗していることによるとしており、サウジアラビア政府はより孤立化しているとしています。

サウジアラビアの空爆で死亡したイエメンの子供たち

 

確かに、サウジアラビアによる干渉はシリアやイラク、イエメンだけに向けられたものではありません。彼らは、2011年のバーレーンの専制政府に対する蜂起から、直接的に、または間接的にバーレーンの人々の弾圧にかかわってきました。バーレーンの政治体制は、基本的にサウジアラビアの政策に従っており、このため、これまでに自由や政治改革に向けた人々の要求を受け入れていません。昨年、バーレーンの人々の運動が続くとともに、人々の弾圧や逮捕、殺害も続きました。

一方で、バーレーンの裁判所は、バーレーンのシーア派指導者イーサー・ガーセム師を告訴し、その2日後、バーレーン政府の関係者がイーサー・ガーセム師の家を襲撃しました。これによって2人が殉教し、200人が負傷、またガーセム師は逮捕されました。この優れた聖職者は、現在も、自宅に軟禁されており、健康の点から危険な状態に陥っています。

病床のイーサー・ガーセム師

 

昨年6月5日、サウジアラビアは物議をかもす行動により、エジプト、アラブ首長国連邦、バーレーンとともに、カタールとの国交を断絶しました。この突然の決定の理由として、カタールのテロ支援、イランとトルコとの友好関係、パレスチナ・イスラム抵抗運動ハマスをパレスチナ人の代表として正式に認めたことが挙げられます。一方で、サウジアラビア自身も、テロ支援国とみなされています。

カタールと断交した国の政府は、カタールとの陸路、空路、航路を封鎖しました。国交再開にむけて、内政干渉的な13の条件がカタールに突きつけられましたが、カタールはこれを受け入れませんでした。サウジアラビアはカタールが自分たちの要求にすぐに屈服することを期待していましたが、カタールがこれを主権侵害とみなし、受け入れなかったことで、サウジアラビアの外交政策に新たな問題が生じるようになりました。

 

カタール首長とイラン外相の会談

 

この間、サウジアラビアの国内も揺らいでいます。父であるサウジアラビア国王により、国防大臣に就任したムハンマド王子は、昨年6月21日、皇太子となりました。彼はシリアやイラク、イエメンで拡張主義的な政策を取っていますが、失敗に直面しています。しかし、サウジアラビア国内の政治・経済の改革を主張しています。

ムハンマド皇太子は、11月4日、政府高官も含まれる多くの王族を、汚職の疑いで逮捕し、莫大な保釈金を積むことを釈放の条件としました。ムハンマド皇太子は、その行動により、自身の地位を固め、また一方で、さまざまな国への干渉に予算を割り当てたことで発生した政府の莫大な財政赤字を補填しようとしているようです。一方で、誰も、ムハンマド皇太子やサルマン国王の莫大な財産について語ることはできないのです。

サウジアラビアは昨年、サウジアラビア国内のシーア派の人々に対する弾圧を強めました。これにより、数十名が死亡、数千世帯が住む家を捨てざるを得なくなりました。サウジアラビア政府は商業センター建設を理由に、一部は歴史的な価値があるとされていたサウジアラビア東部アワミヤの古い家の多くを取り壊し、ここに住むシーア派の人々を強制的に移住させました。

サウジアラビア・アワミヤでのシーア派弾圧

 

パレスチナ問題は、イスラム世界の昔からの問題であり、2017年も、この問題は紆余曲折を経ました。昨年、一部のアラブ諸国とシオニスト政権イスラエルの友好関係が明らかになりました。サウジアラビア政府は、常にパレスチナの支援者であるように見せかけてきましたが、もはや、シオニスト政権との協力を隠すことはありません。また、バーレーンの表向きには非政府の機関の代表団は、シオニスト政権のパレスチナの占領地を訪問しました。確かに、バーレーン政府はこのところ、シオニスト政権と幅広い関係を持つようになっています。

一方で、昨年、パレスチナの政治グループは、統一戦線の結成に向けた歩みを踏み出しました。ガザ地区の運営をパレスチナ自治政府に委ねるとしたハマスの決定を受け、ハマスとファタハは10月12日、統一政府の樹立に向けた合意を締結しました。確かにこの合意はシオニスト政権の不満となっていますが、同政権は、和平協議の継続に向けた条件として、正式にシオニスト政権を認めること、ハマスの抵抗を終了させることなどを挙げました。

ハマスとファタハの関係者の会談

 

アメリカのトランプ大統領が聖地ベイトルモガッダスをシオニスト政権の正式な首都と認定し、また、シオニスト政権がアクサーモスクへの侵害行為と入植地建設を続けている中で、昨年10月1日から始まっていたパレスチナ人の第3次インティファーダ・抵抗運動が激化しました。この人々の蜂起で、これまでに200人以上の殉教者と数千人の負傷者が出ています。

第3次インティファーダ

 

そのほか、イスラム世界の悲惨な問題に、昨年のミャンマーでの出来事が挙げられます。2012年から始まり、昨年も世界的な抗議を引き起こしたミャンマーのイスラム教徒の虐殺は引き続き行われています。過激派仏教徒は軍と協力し、政府のこれを支援する見解によって、イスラム教徒の虐殺を行い、これによりこれまで数千人のイスラム教徒が死亡し、彼らの家の多くが放火され、およそ62万人のイスラム教徒も難民化しています。ミャンマーの虐殺に関する写真や映像は衝撃的であり、また、ミャンマー西部ラカイン州におけるイスラム教徒の悲惨な状況を伝えています。

 

ノーベル平和賞受賞者のミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問兼外相は、ずっとこの虐殺に沈黙し、現在もこの問題を小さな事件であるかのように見せようとしています。ミャンマー政府は、国連の特別報告者に対しても、危機のさなかにある地域の視察を許可していません。

イスラム世界の現状は、以前と同じように、イスラムの敵が、一部のイスラムを装った政府と共に、イスラム教徒に対する陰謀にいそしんでいるということを示しています。この陰謀は、イスラム世界が分裂している状況にあっては実行される可能性があります。しかしイスラム教徒がテロ組織ISISへの抵抗の中で、このテロ組織に勝利した時のように、めざめ、団結し、抵抗することで、敵との戦いにおいて勝利することができるのです。

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2018年01月11日01時12分
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