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    彫金 

今回は、彫金についてお話しすることにいたしましょう。

前回の番組ではイランの金属細工が長い歴史を有しており、イラン人は多種多様な金属器を作り、飾ってきたことをお話しました。金属細工の中には、ナイフ、伝統的な装飾品、錠前、銅細工、金銀線細工、エナメル細工、彫金などがあります。一部の専門家は、羅針盤や天体観測儀も金属工芸に含まれるとしています。

彫金

 

彫金は、銅や金、銀、真鍮などの金属の上に模様を彫ったり装飾したりするもの、ハンマーを打ちつけて模様や線を作り出していくものがあります。イランの民族の文化と文明を示すこの美しい価値ある芸術は、当初、王宮や歴史的建造物、さらに洞窟の石を削る形で見られました。後に石切りの芸術は彫刻、そして彫金に変わっていき、建物の石や山に描かれていた模様は、高価な石の上に描かれるようになり、それは彫刻と呼ばれるようになりました。

彫金

 

イランの彫金の歴史はそれほど明らかになっておらず、彫金の行われた最初の場所や最初の作品について、正確な情報は得られていません。しかしながら、歴史は、とくにイランなどでの銅の利用は紀元前数千年期に遡ることを物語っています。紀元前2千年期の終わりから1千年期の初めまでの間に、イラン各地の金属産業は、特に北部や北西部、カスピ海の南岸において繁栄しました。この時代の重要な作品のひとつに、1957年に発見されたレリーフを持つハサンルーの黄金の杯があります。

ハサンルーの黄金の杯

 

イラン北西部にあるハサンルーの丘は、イランの古代の丘の一つで、6000年以上前に遡ります。ハサンルーの杯は、3200年前のもので、おそらくメディア王国時代の芸術を形成する上で大きな影響を及ぼしたと考えられています。ハサンルーの杯は高さが21センチで、直径が25センチ、重さは950グラムあります。杯の表面には土、水、太陽の3つの神の姿が描かれています。怪物と戦っている勇者、二頭の雄羊の上に立っている女神、鳥に乗る人間の姿などが描かれています。これらの絵は英雄伝を物語っているといわれています。衝撃を受けて曲がっているこの杯は、男性の骸骨の下から見つかり、専門家はこの男性は杯を手に追っ手から逃げていた最中だったと考えています。

 

アケメネス朝政府が樹立されると、イランの彫金芸術は変化をとげ、特別な地位を授かり、その後の時代に影響を及ぼしました。アケメネス朝には鋳造などの金属工芸がピークに達しました。こうした中、アレキサンダー王による襲撃とペルセポリスの放火により、多くの作品は消失したり、アレキサンダー王の命令により溶かされ、硬貨に変えられました。アケメネス朝時代の作品の中には、4キロと5キロに及ぶ金と銀の二つの平版があり、これらはその時代に金属工芸が普及していたことを示すものです。

 

紀元前250年にパルティア帝国が誕生すると、彫金はアケメネス朝時代の方法と同じように、わずかな変化をとげて継続されました。金や銀、ブロンズを鋳造した彫像は、パルティア帝国時代に広まりました。サーサーン朝時代、イラン、ギリシャ、ローマの間で商業が拡大したことで、イランの芸術はギリシャやローマの影響を受け、それに対して他の国の芸術にも多くの影響を及ぼしました。サーサーン朝時代には、金属器の製造が幾つかの方法で行われていました。その中に、ハンマーを打ち付けて金属板模様を描いていくもの、鋳造、そして金属板から器を作っていくもの、ろくろで削っていくものなどがありました。

 

イスラムが誕生してから数百年間は、芸術家がイスラムに傾倒し、イスラムの信条の影響を受けたことから、金属器の制作に主な変化が生まれました。こうして、少しずつクーフィック体やコーランの節、ハディースなどがイランの伝説や民族独自のデザインにとって代わりました。この時代には金、銀、銅の針金による金属の装飾が広まり、セルジューク朝時代には金属の上に網状の細工を施す芸術が存在しました。

 

デイラム朝には、彫金の模様は離れたりくっついたりした輪の形で、一種の複雑な模様が見られ、その中には動植物の絵が見られます。次の時代にも向かい合ったり、連なる形で動物が木の両側に描かれていました。サファヴィー朝、ガージャール朝時代には、シャーナーメや戦いの物語、歴史物語、叙情詩などの短い詩が金属器に刻まれ、その周囲には唐草模様が見られました。

彫金

 

金、銀、銅、真鍮、鋼などの金属は 美しい絵や文字の下地であり、これは彫金と呼ばれています。この作業の際には、先の尖った金属のペンを使います。

 

イランの彫金では主に、タブリーズとイスファハーンの二つの様式が行われています。タブリーズ様式はペンを動かし、彫金を行うために手首の動きと力を使います。またイスファハーン様式はハンマーを使います。これによりタブリーズ様式は滑らかで彫りが浅いのに対し、イスファハーン様式は深くなっています。

彫金

 

彫金には幾つかの方法があります。浮き彫り様式では、裏と表の二つの方向から金属に打ち込みを入れます。また写真様式では、下地に影と線を入れることで物体を浮き立たせ、物体と下地の間に表面的な違いが出ないようにします。また金属の上に溝や傷を作ることで、装飾するという方法もあります。

 

彫金は昔から、イスファハーンの町で行われており、様々な彫金の作品が、世界各地の博物館や民間のコレクションに収蔵されています。現在も彫金はイスファハーンのアンティークショップや個人の家の多くで見ることができます。イスファハーンの彫金は、お盆や花瓶、銅や真鍮の装飾品、塩入れ、写真たて、各種の皿などがあり、非常に美しいデザインで彫刻されており、国内外の市場に多くの購入者がいます。

 

 

2017年04月17日15時06分
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