2019年05月15日04時30分
  • 聖典コーラン
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今回も引き続き、コーラン第10章ユーヌス章ヨナについてお話ししましょう。

慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において

コーラン第10章ユーヌス章ヨナの第22節と23節には次のようにあります。

「彼こそ、あなた方に陸と海を旅させるお方。あなた方が船にいるとき、船が追い風によって航行すれば、それで皆は喜ぶ。しかし突然、強い風が吹き、四方から大波に襲われ、死に囲まれたことを知る。そのとき彼らは、純粋な心で神を呼び、こう言うのだ。『私たちをこの危険から救ってくだされば、感謝する者になります』と。だが彼らは神から救われた後、再び地上で不当に背き、圧制を行う」

 

この節は次のように語っています。「彼こそは、あなたたちに陸と海を旅させる。あなたたちは船の中にいて、風がゆっくりと船の人々を目的地へと運ぶとき、みな喜びにあふれている。だが、突然、大きな嵐に襲われて荒波が起こると、まるで死を目にしているかのようになる」 この節は、人間の本能の深遠を明らかにし、次のように語っています。「人間は、大きな災難に直面して危険に晒されたときには、“神よ、私をこの災難から救ってくだされば、必ずあなたに感謝します”と純粋な心で謙虚に祈るが、災難の嵐が去り、岸辺にたどり着くと、再び圧制を始め、神のことを忘れる」

 

これは世俗主義者に関する一般的な原則です。様々な災難の波に囲まれ、大きな圧力を受けたとき、彼らは神に助けを求め、“もしこの災難から救ってくだされば、あれもこれもします”などと神に誓いますが、このような人は大抵、信仰や意志が弱くて忘れやすい性質を持っています。そのため、災難が過ぎるとすぐに、過去の行いを再開します。とはいえ、罪や穢れの少ない人は、大抵、このような出来事の中で目を覚まし、自分の道を改めます。しかし、神のふさわしい僕たちは別です。彼らはバランスの取れた人間であり、楽しく穏やかなときも、辛く苦しいときと同じように神に注目します。なぜなら、自分たちに届けられる恩恵や善がみな、神からのものであることを知っているからです。

 

ユーヌス章の第90節から92節までは、短く正確な表現によって、圧政的な為政者フィルアウンがたどった運命と、イスラエルの民の彼との闘争について述べています。

「我々はイスラエルの民に海を渡らせ、フィルアウンとその軍勢は、侵略と圧制から彼らを追跡した。フィルアウンは海に溺れそうになったとき、『神を信じます。イスラエルの民が信じる存在以外に、崇拝すべき対象はありません。私は神に服従します』と言った。[そのとき彼はこう語りかけられた]『今頃になってか。これまでは背を向け続け、堕落した者の一人だったのに。だが今日、お前の遺体を救い出し、未来の人々のための教訓とする。まことに多くの人は、我々のしるしに気づかない』」

 

イスラエルの民をフィルアウンの手から解放するために、預言者ムーサーはイスラエルの民と共にエジプトを離れました。しかしフィルアウンは、イスラエルの民を弾圧するため、装備を整えた軍勢と共に、彼らの後を追いました。神の命により、預言者ムーサーが自分の杖でナイルの川をたたくと、その水が二つに割れ、水が二つの山のようにそびえました。そのため、イスラエルの民は全員無事にその川を渡りきりました。フィルアウンの軍勢も、イスラエルの民を追って川に入りました。しかし突然、大きな波が両方から襲い掛かり、分かれていた水が再び合わさって、フィルアウンの軍勢はナイルの川に飲み込まれてしまいました。フィルアウンが気づいたときには、彼は大きな波の中に溺れようとしていました。そのとき、彼は言いました。「私は信仰を寄せました。イスラエルの民が信仰する方以外に神は存在しない」

 

フィルアウンはおそらく、このような行いによって死を免れることができると考えていたのでしょう。しかし明らかに、災難が降りかかり、死の危険が迫ったときに告白する信仰は、法の違反者や罪を犯す人でもそれを行う可能性があり、いかなる価値も信用もありません。そのため神は、フィルアウンに次のように語っています。「今頃になって信仰を寄せたのか?」 そしてフィルアウンは結局、救われずに溺れて命を落とします。神は次のように命じています。「波がフィルアウンの体を岸へと打ちつけ、未来の人々への教訓となるようにするがよい」

フィルアウンの遺体

 

現在、エジプトとイギリスの博物館には、ミイラの形になった王の遺体が保管されています。エジプト政府は、フランスの研究者、モーリス・ブカイユらに対し、預言者ムーサーの時代のフィルアウンの遺体も、その中にあるか調べてほしいと依頼しました。何度か調査が行われた結果、フィルアウンの遺体から塩の成分が発見されました。これは、彼の遺体は溺死した後にミイラにされたことを証明するものです。しかし、ブカイユ博士を何よりも驚かせたのは、この遺体がなぜ、他の遺体よりもきれいな状態で残っているのかということでした。コーランは、フィルアウンが溺れた物語と彼の遺体の損傷が少ないことについて明らかにしていると言われています。ブカイユ博士は、当初、そんなことはありえないとし、預言者の時代のアラブ人たちは、エジプト人が王をミイラにしていることを知らなかったに違いないと考えていました。しかし、医学会合に出席し、イスラム教徒の学者の口から、コーランのユーヌス章・第92節を聞いたとき、ブカイユ博士は大きな衝撃を受け、すぐに立ち上がってこう言いました。「私はコーランを信じます」 このときから、ブカイユ博士はコーランを深く研究するようになり、自身の著書の前書きに次のように記しました。

 

「コーランの科学的な側面に、私は深く驚かされた。コーランが、様々な問題について、これほど正確に語っているとは思ってもみなかった。コーランの内容は、完全に、人類の科学的な発見や発展に一致しているが、それらはすでに、1400年以上も前にコーランに記されていたのだ」

 

 

ユーヌス章の第98節は、預言者ユーヌスと彼の民について述べられています。それは、未来の人々にとっての教訓になるようにするためです。

 

「なぜユーヌスの民を除き、どの町の人も、[信仰が]利益になるように、しかるべきときに信仰を寄せなかったのか。彼らユーヌスの民が信仰を寄せたとき、我々は現世での生活における彼らへの屈辱の責め苦を取り消し、しばらくの間、恩恵を享受できるようにした」

 

前の節では、フィルアウンの仲間たちが、自分の意志によって神に信仰を寄せたのではなく、死や神の責め苦を前にしたときに、信仰を告白したということをお話ししました。そのような信仰は、彼らにとって何の役にも立ちません。この節は次のように語っています。「なぜ過去の民は、しかるべきときに信仰を寄せ、その信仰を役立つものとしなかったのか?」 それからユーヌスの民は例外だとして次のように語っています。「ユーヌスの民だけは信仰を寄せた。それで我々は、現世での卑しい責め苦を彼らから遠ざけた」

 

ユーヌスは、神を信仰せず、偶像を崇拝していた、現在のイラクにあるバーベルやネイナヴァーの人々を、唯一神の信仰へといざなうために預言者として遣わされました。コーランは、最終的に逸脱から手を引き、導きの道を得た唯一の民として、ユーヌスの民を挙げています。他の民の多くが、預言者の教えに信仰を寄せました。しかし、ユーヌスの民の特徴は、神の絶対的な懲罰が訪れる前に、集団で信仰を寄せたことにあります。

 

歴史によれば、ユーヌスは、自分の民を信仰に導くことができないと感じたとき、禁欲主義者の一人の薦めによって、人々をのろいました。しかし、人々の中にいた一人の学者が、「希望を失ってはならない。もう一度、人々のために祈り、人々の導きに努めるべきだ」とユーヌスに言いました。しかしユーヌスはそれ以上耐えられず、人々を呪った後、彼らの許を去りました。こうして少しずつ、責め苦のしるしが明らかになっていましたが、その絶対的な命は下されていませんでした。正直であることを何度も教えられていたユーヌスの民は、学者の許にやって来て、解決方法はないかと尋ねました。彼らはその学者の勧めにより、チャンスをうかがって、学者に先導されるまま、町を離れました。そして彼らは謙虚に祈り、純粋に罪を悔い改めることを誓いました。その後、ユーヌスを探して各地を回りましたが、彼が見つかる気配はありませんでした。

 

コーランは次のように語っています。「彼らが罪を悔い改め、信仰し、神へと立ち返ったのは、相応しいときのもので、純粋な心と見識を伴ったものだった。彼らの祈りと罪の悔悟により、責め苦のしるしが退けられ、再び平穏が訪れた」

ユーヌスは、魚の腹の中に閉じ込められた後、結局、自分の民の許に戻り、人々もまた、ユーヌスを心から受け入れました。このような話は、人々のために心を痛める優れた指導者が、人々の間で、いかに大きな役割や存在感を持っているか、また反対に、知識や知識をもたない禁欲主義者が、いかにマイナスの影響を及ぼすかを示すものです。こうしたことから、イスラムは、見識を伴わない礼拝よりも、責任感を伴った知識の方が優れているとし、神を信じる賢者を重視しています。(了)

 

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