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前回お話しましたように、宗教的な戒律の正当性を論証することは、完全な専門的業務といえます。このため、将来出現が約束されている救世主シーア派12代目イマーム・マハディがお隠れ中の時代には、一般人が宗教の戒律に対する見識を高めるためには、イスラム法学者の教えを請う必要があります。今回は、この問題についてお話することにいたしましょう。

現在も含めた、イマーム・マハディのお隠れ中の時代には、イスラム法学者はイスラム関係のさまざまな学問に関する専門性を活用し、またその時代のニーズに注目した上で教令を発します。彼らは、宗教分野での権威者であり、人民の統治を担っています。

もっとも、共同体の統治や主導というテーマは、イスラムの出現当時から提起されていました。イスラムの預言者ムハンマドは、神の啓示を人々に伝え、イスラムの戒律や信条について説明するとともに、ごく短い期間ではあったものの、自ら人民を統治する組織の頂点に君臨していました。

それではここで、救世主であるイマーム・マハディがお隠れ中の時代に、なぜイスラムにそった統治政権の存在が必要なのかについて考えてみる事にいたしましょう。

 

既によく知られているように、すべての社会にとって統治政権の発足は決して回避できないものです。人間の生活は社会的な側面を持っており、生計の維持にはこれを取り巻く社会やほかの人々との協力、協同一致での行動が欠かせません。しかし、その一方で社会生活が続く間に、各人の利益をめぐって必ず個人同士の対立が起きてくることも事実です。それは、社会の構成員の一部が、社会で自分に割り当てられた以上の利益や可能性を要求するからです。その結果、社会のさまざまな場面において軋轢や衝突が生じ、それにより社会生活の根幹が揺らぎ、崩壊することになります。

しかし、人類社会が存続し、人間として最高の目標を達成するためには、次にあげる2つの原則が必要になります。1つは、人間の物質的、精神的なすべてのニーズにこたえうる革新的で正当な法律の存在であり、もう1つは、法律の実施を担い、人々に公平に対応するしっかりした統治体制の存在です。

このため、人類社会にとって統治政権は欠かせないものであり、原始時代から現代に至るまで、人々の暮らしが統治政権なくして、社会的に存続していたことはありませんでした。イマーム・マハディのお隠れの時代にイスラム政権が存在する必要性についてお話する前に、各種の統治政権の形態について考えてみたいと思います。

 

現代の世界に存在する様々な統治政権には、それぞれ独自の特徴があります。まず、第1の例として、1人の人物が多数の人民を支配する政体があり、これは専制政権と呼ばれます。この種の政体では、1人の人物が単独で社会の行政権を掌握しており、法律や規範なしに、自分の思うがままに政治を執り行います。このような政治構造においては、人民は為政者の選択に全く役割を果たしていないことになります。

次に、社会の少数派が多数派を統治する政体が挙げられ、これは共産主義政権、あるいは社会主義政権と呼ばれます。このような政権では、政党がほかのすべての人々を統治し、統治権は1つの政党、或いは特定の社会集団のみが持っています。

さらに、社会の多数派の人々による統治体制もあり、これはいわゆる民主政体と呼ばれるものです。民主主義に基づく体制では、多数派の人々の代表者らが社会の行政権を握っています。また、政府のトップに立つ人物は、国民による直接選挙、或いは彼らの代表者による間接選挙で選ばれます。

もっとも、西側諸国の政治体制をはじめとした、現代世界の政治体制の多くは民主主義を主張してはいるものの、彼らの主張する民主主義の多くは表面的で形骸化しています。これらの政権では、表向きには国民に選挙権や代表者の選択権があるものの、実際には一部の有力な集団や権力者、大富豪がほかの人々に代わって決定を下し、本当に一般市民が考えて決定するチャンスを剥奪している形になっています。彼らは、非常に華やかで市民を迷わせるプロパガンダを駆使し、独特の状況を生み出して、人々を自分の思惑とする方向に仕向けます。

さて、ここでイスラムにおける政治体制についてお話する前に、次の点について理解する必要があります。それは、素晴らしい法律が存在する事のみでは、社会の改革や人々の幸福にはつながらず、そうした法律は正しく施行されて初めて、社会を抜本的に改革できるということです。イスラム法の本質を注意深く分析してみると、その実施には有力で精力的な組織が必要であり、政体の結成なしには、イスラムが定める法律や規範の多くが実現しえない事がわかります。

 

それでは、ここからは救世主とされるイマーム・マハディのお隠れ中の時代における、イスラムの統治方式についてお話することにいたしましょう。

イスラムの戒律では、イスラム諸国の独立と領土保全、社会の侵されざる領分の擁護、国境の維持が明白に謳われています。

イスラムでは、抑圧された人々の擁護と、圧制者による暴虐の排斥が強調されています。このため、イスラム教徒の命や財産を守り、侵略者を駆逐するための第1歩は統治政権、すなわち政府の発足となります。政府は、軍隊を徴集し、軍備を整え、しかるべき司令官や軍事専門家に任務を与えることで、敵を駆逐しますが、これらはいずれも、政府の存在なしには不可能です。これについて、イランイスラム共和国の建国者であるホメイニー師は、次のように述べています。

「正義の普及伝播、教育、社会体制の維持、圧制の排除のために政府がすべきことは、外部からの侵略行為の阻止と国境警備であり、それはシーア派最後のイマーム・マハディがお隠れ中か否かにかかわらず、また世界のいずれの国においても同様である」

 

 

このため、イマーム・マハディのお隠れ中の時代には、イスラム的な価値観や法律に沿った統治政権の存在が必要になります。それは、特にイスラム教徒の敵が大規模な組織を結成している現代においては、秩序だった組織なしには、イスラム諸国の国境や領土保全を維持することはできないからです。

一方で、イスラムで定められた宗教的行為を紐解くと、金曜礼拝や断食明け、犠牲祭に当たっての礼拝といった一部の行為、またメッカ巡礼などの盛大な行事が、宗教的な側面とともに政治的、社会的な目的をも持つ事がわかります。このため、公正な指導者やイスラムに沿った統治政権の存在なくしては、イスラムが狙いとするこれらの宗教的行為は実施されないことになります。

また、もう1つの点として、イスラム法学の一部は、刑法に関する法体系で構成されています。それらは、裁判や訴訟での対立の解消、罰金や科料、報復行為の実施範囲をはじめ、政府のカテゴリーとされるその他の多くの問題に関する戒律となっています。こうした戒律の実施や実態調査、審判、判決には、秩序だった司法組織や政体が必要となります。

さらに、統治政体の存在が必要である理由の1つとして、イスラムの戒律や法規範が、特定の時代や国・地域に限定されたものではなく、あらゆる時代や全ての国、あらゆる世代に適用できる包括的なものであることが指摘できます。このため、イスラムが定める法律は1400年前の預言者の時代に限られず、全ての時代に適用できるのです。

 

神の預言者の時代にも、イスラムの法規範を実施する統治体制が必要であったと同様に、救世主イマーマム・マハディがお隠れ中の時代を含めたそのほかの時代にも、統治体制の発足が必要とされており、これなくしては一部の法律は実施できません。これについて、ホメイニー師は次のように語っています。

「政治、経済、法律に関する全ての法規範を含めたイスラムの戒律は、最後の審判の日まで存続し、実施される必要がある。神の定めた法律はそのどれ1つとして、廃止されたり無効になったりしたものはない。こうした永続性や恒常性により、神の定めたこの戒律の権威や有効性を保証し、その実施を担う政治体制が生まれることになる。それは、神の定めた戒律の実施は、イスラムに沿った政治体制の発足以外には不可能だからである」

 

数ある政治体制の中でも、イスラム体制はその目的や本質の点で、そのほかの政治体制とは大きく異なる独自の体制といえます。イスラム体制のモデルは、そのほかのいずれの政治体制にも存在しません。この体制は、民主主義に基づく神による統治をベースとしているため、そのほかの政治体制との本質的な違いが存在します。

こうした違いの1つは、法律の制定の方法に関するものです。いわゆる通常の民主政権では、多数派の要求に基づいて法律が制定されます。このため、一般的な要望に基づき、同性結婚や中絶、売春などの不当な手段による違法な収入の獲得といった、好ましくない事柄までもが合法化されてしまいます。しかし、これらは歴然とした犯罪行為であり、人類社会に破壊的な悪影響を及ぼすことは言うまでもありません。

これに対し、神が統治する社会では、人間の本質的な要求に基づいて法律が制定されるため、社会にとっての害悪となりうる事柄は禁じられます。しかし、これは多数派の人々の要求に反するものとなる可能性もあります。

 

イスラムに基づく政治体制では、主権は神にあり、神が人民を統治することになります。これについて、コーラン第5章、アル・マーイダ章、「食卓」第17節では次のように述べられています。

“天と地、そしてその間にある統治体制は神のものである。神は、自らの御心のままに全てを創造され、誠に全知全能であられる”

また、コーラン第28章、アル・ゲサス章、「物語り」第70節には次のように述べられています。

“彼こそはアッラーであり、アッラーの他に神はない。現世と来世における神の賛美は彼のためにあり、彼に主権は属する。あなた方は神のもとに帰されるのである”

コーランの節によれば、天地の支配統治は神により行われ、人民の統治方法や政策の決定は神が行うとされています。人民の統治支配に最もふさわしい人物を選ぶのは、言うまでもなく全知全能の神に他なりません。こうした人々として第1に挙げられるのは、預言者やその末裔とされるイマームたちとされています。

 

これらのことから、最高の形での統治体制は、神の預言者とその末裔であるイマームたちが頂点に立つ体制、ということになります。しかし、このレベルでのイスラム体制が成立しえない場合、ただ何もせずに事態を傍観していることはできません。理想的な統治体制を結成できない事を口実に、イスラム体制の存在を断念することはできないのです。救世主なる最後のイマームがお隠れ中の時代において最も適切な方策は、イスラムの戒律や教えの全てにより精通し、敬虔で時代の趨勢を見極めた人物に人民の統治や行政を委ねることです。社会を主導する責任を担う、こうした特長を兼ね備えた人物は、イスラム法に基づく統治者と言われています。

次回もどうぞ、お楽しみに。

 

 

2018年06月13日21時13分
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