• テヘランのニヤーヴァラーン庭園
    テヘランのニヤーヴァラーン庭園

今回は、テヘランのニヤーヴァラーン庭園についてご紹介しましょう。

イランの首都テヘランは、アルボルズ山脈の南側に広がっており、美しい自然を有しています。特にテヘランの北部にある美しい路地、数々のカナートと呼ばれる地下水路、さわやかな気候は、この工業都市を世界の多くの首都の中でも優れた存在にしています。人口の増加とテクノロジーの拡大により、テヘランの歴史的な庭園の多くは、高い建物の間に埋もれてしまいました。しかし、テヘランを散策して歩けば、数々の美しい庭園に出会うことでしょう。

テヘランのニヤーヴァラーン庭園

 

ニヤーヴァラーン庭園は、テヘランの最も北の地点、アルボルズ山脈の裾野に位置しています。この公園は、面積12万2350平方メートルで、敷地内には、数多くの建物やサービス空間と共に、ニヤーヴァラーン、アフマドシャーヒー、サーヘブガラーニーエの3つの宮殿があります。ガージャール朝の王、ファトフアリーシャーは、テヘランの暑さを逃れ、夏の間を過ごすための場所として、当時、テヘランの郊外にあった北部のさわやかな気候の場所に、非常に美しい庭園を造るように命じました。ファトフアリーシャーは、キャルドゥーエ村の周辺の葦原をその場所に指定しました。この村は、テヘランで最も古い場所のひとつでした。ファトフアリーシャーとモハンマドシャーは、2人ともこの場所に避暑のための家を建てましたが、その後、ナーセロッディーンシャーがそれを破壊し、ニヤーヴァラーン宮殿を建てました。ガージャール朝のナーセロッディーンシャーは、1848年に王座につき、1888年には、ニヤーヴァラーン庭園に大きな建物を建設するよう命じました。この建物は2階建てで、大きな平原に向かって市内を見渡せるような形で建っていました。そのため、「ジャハーンナマーイェ・ニヤーヴァラーン」、つまり、「ニヤーヴァラーンの世界の眺め」と呼ばれていました。後に、このジャハーンナマー宮殿の傍らに別の建物が建てられ、1914年には、ジャハーンナマーが、サーヘブガラーニーエと名づけられました。

テヘランのニヤーヴァラーン庭園

 

ニヤーヴァラーン宮殿は、この敷地の北東の角にあります。当初、この宮殿は、高い地位にある客人や各国の要人をもてなし、滞在させるための場所として用意されましたが、その機能に変更が加えられ、パフレヴィー朝の二代目の王、モハンマドレザーとその家族が、夏以外の時期を暮らすための場所となりました。この宮殿は、最終的に1967年から1979年のイスラム革命勝利まで、彼らによって使用されていました。

テヘランのニヤーヴァラーン庭園

 

この場所に見られる様々な種類の植物は、ニヤーヴァラーンの歴史的、文化的な施設の特徴です。ここには、外から持ち込まれた植物も存在し、それが次第にこの地域の環境に調和し、独特の美しさをかもし出しています。中でも最も重要な植物は、スズカケノキで、この地域に調和しており、広い範囲にわたって生えています。

テヘランのニヤーヴァラーン庭園

 

2018年08月05日22時18分
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