2019年09月08日12時24分
  • イランの文化遺産
    イランの文化遺産

トルコ系の人々は、部族的なつながりや所属性がない中で、イランのソルターン、つまり君主のように行動し、また一部の人々は、自分がイラン系であることを示すために、イラン人の家系図を偽造しようとしたのです。新たにイスラム教に改宗したセルジューク朝のトルコ系のイスラム教徒は、当初は牧草地が少なかったことから、またイランの北の境で侵入者を防ぐという約束で、イランに入ってきました。しかし、ガズナ朝が弱体化したことで、トルコ系のイスラム教徒が権力を掌握しました。彼らは結果的に、中央アジアのハーラズムやトランスオクシアナを繰り返し攻撃して、この地域を制圧し、最終的にガズナ朝のマスウードを敗北させ、広大なイラン高原の支配権を手にしました。

セルジューク朝はガズナ朝を攻略し、政権を掌握した後、その運営体制には全く手をつけず、ほとんどのイラン人の大臣や官僚を留任させました。セルジューク朝は部族的な紐帯よりも、文明化したイランの王制の方が適切であると考え、自分たちの部族による繁栄した定住地への略奪行為を防ごうとしました。しかし、これらの部族の多くは都市や農村部では生活しようとしませんでした。セルジューク朝は略奪や攻撃を防ぎ、領土を拡大するため、非イスラム教徒との聖戦という口実を用いて、小アジア方面やビザンチン帝国の領土に、そうした部族を向かわせました。この時代には、イスラム世界の聖なる戦いや辺境への侵入は、トランスオクシアナから現在のトルコに当たる小アジア、そしてインドにまで広がりました。これは、トランスオクシアナや中央アジアのトルコ系民族が、イスラム教に改宗していたことによります。

セルジューク朝のオグズ系のトルコ人は、次第にビザンチン帝国の領土の多くを占領し、この帝国の権力を現在のイスタンブールであるコンスタンチノープルと、その周辺のみに限定しました。このトルコ系民族はハーラズム朝とセルジューク朝が滅亡した後も、小アジアにルームセルジューク朝という独立した政権を創設しました。この王朝はオスマン朝の成立まで存続したのです。

ルームセルジューク朝もイランのセルジューク朝と同じように、イラン文化の影響を受けていました。宮廷内の公用語はペルシャ語で、その歴代の君主もアラーオッディーン・ケイゴバードといったイラン風の名前を名乗っていました。イラン系の王朝は11世紀から次々に途絶え、その後は20世紀初めにパフラヴィー朝が成立するまで、トルコ系の君主が軍事的な支配権を握りました。イランの人々は武力をトルコ人に委託し、以前と同じように文筆の領域を守ったのです。

セルジューク朝以後、文明世界の東西、すなわちインドから小アジアに至る地域はトルコ系民族の支配者によって治められました。このおよそ1000年に及ぶ時代の中、トルコ系民族が治める全ての地域で、イラン人が行政財務や、宗教、学術、文学関係の業務を担当していたのです。セルジューク朝以降は、イランのイスラム世界に巨大な帝国が出現することはありませんでした。より小規模な政権であったエジプトのマムルーク朝、モンゴル帝国の一部であるイルハン朝、インドのムガール帝国、そしてルームセルジューク朝などは全て、トルコ系の王朝でしたが、イランの文明と文化、ペルシャ語を受容し、世界の大部分を支配しました。ルームセルジューク朝は、イランの文化とペルシャ語を奨励し広めており、太陽と獅子というイランの古代の象徴を君主の正式なシンボルとするほどでした。

この時代、初めてイランの歴史と文化において、インドから小アジアにおよぶ、広大なトルコ系王朝の領土の全域で、ペルシャ語が宮廷内で使われ、また国際関係において使用される公用語となりました。その結果、イラン文化はイランの言語と共に初めて文明世界すべてに広がり、イランの長い歴史の中でかつてなかったほどに影響力を拡大したのです。まさにアーリア系の人々、あるいはイラン系の人々が、イランと世界の半分を支配していたアケメネス朝時代やアルサケス朝時代、サーサーン朝時代のいずれにおいても、当時の公用語であった古代ペルシャ語やパフラヴィー語がこれほどまでに広がったことはなく、これはトルコ系君主の統治時代に起きた出来事でした。

イランの歴史から、軍事的な優位性がなくとも、文化的な支配や優位性を獲得できることが証明されています。イランの文明や文化は、イラン人化したトルコ系民族の戦闘力や武力を押し立てて、その影響力を世界の広い範囲に及ぼしました。イランの文化の担い手は、トルコ系の武人たちと共に当時のイスラム世界全体に拡散していきました。世界規模での文化交流から遠ざかっていたヨーロッパやアフリカ、中国の奥地を除き、国際関係や芸術、交易、学術的な交流が行われていた世界の全ての地域では、イランの文化人が活動していたのです。

マルコ・ポーロよりも長い距離を旅している、歴史家で旅行家のイブン・バットゥータは、14世紀にいくつもの旅をしています。彼が長い旅路の中で訪問した多くの町にはイラン人が居住し、彼らは最も重要な役職や文化的地位をほぼ独占していました。イブン・バットゥータの旅行記を見ると、14世紀当時の世界における重要な都市の大部分には、イラン人の商人、法学者、船乗り、官僚や学者、神秘主義者が存在し、影響を及ぼしていたことがわかります。彼らの多くは、アラブ系の名前を持っていましたが、彼らの当時の苗字は生まれ故郷を明確に示していました。彼らは、イラン中部イスファハーンに始まり現在の中央アジアのサマルカンド、ハーラズムやイラン北部タバリスターンといった地域の出身のイラン系の人々であり、当時のイスラム世界の大部分に拡散し、高い地位を有していたのです。

イラン系の人々は10世紀から17世紀まで、ケニアやエチオピア、中央アフリカ、現在のタンザニアに当たるザンジバルなど、多くのアフリカ諸国でも精力的に活動し、イランの文明と文化を広めていました。この地域では、300年前までイランの人々の文化の中心地だった都市が発見されています。

モンゴル人は、イラン人以外で初めて世界に拡散した人々であり、イランを占領していた当初は、単に略奪や、文化・文明の破壊を目的としてイラン文化圏を攻撃しました。彼らは、イラン全土で略奪や殺害を行った後、略奪品を集めてモンゴルに帰りました。モンゴル人より前には、外国の勢力はイランに定住するために攻撃を行い、イランを平定した後、短期間でイランの文明と文化を受け入れていたのです。

最初のモンゴル帝国は、イラン文化やイラン人にとって全く良い結果をもたらさず、イランの文化的な財産や物質的な基盤に対して、完全に回復できないほどの打撃を与えました。イルハン朝の創始者フラグ・ハーンがイランを再び攻撃し、これを完全に平定した時から、イランにおける第2のモンゴル系政権が始まりました。モンゴル人は今度はイランに留まり、ジュワイニーの一族のようなイラン人官僚が、その当初からモンゴル人に協力し、彼らはイルハン朝の高級官僚にまでなったのです。この時代には、イラン人やイランの文化はモンゴルを通じて中国にまで到達しました。ジュワイニーの一族や宰相ラシードウッディーンが、イルハン朝の中で高い位に就き、次第にイラン人がモンゴル人にとって代わるようになった時代には、イラン人の大臣や官僚も中国人の官僚と共に、中国の元王朝のフビライ・ハンが治める領土の中で、イランの文化の拡大に携わってきたのです。

現存する史料から、イラン系の人々が初めて中国にイスラム教をもたらし、ペルシャ語を中国に広めたことは、疑いのない事実とされています。あるフランス人の歴史学教授は、中国のイスラム教徒のほとんどがイラン系の民族であるとして、モンゴル時代以前は自発的にこの地に移住し、モンゴル時代には強制移住させられたとしています。マルコポーロは数多くの学者が存在する中で、中国においてはイラン人の官僚や軍高官が存在することと、また中国の様々な地名がイラン的な名前を持っていることを指摘しています。

イランの文化的な領域が拡大した重要な理由の一つは、支配者による軍事的な平定だけでなく、イランのイスラム神秘主義が挙げられます。神秘主義者が思想的な完成に至るには常に、イスラム世界全域の神秘主義の指導者の聖廟への、長い巡礼の旅を行っていました。イランの文化と文明のデリケートな趣向や英知を伝える、イランの神秘主義者の思想と行動のこのダイナミズムは、世界的なレベルでイランの文化を拡大する要因となりました。

イラン人の多くの偉大な神秘主義者は、イランの広大な領域内で出生し、そことは別の場所で死去しました。インドにおけるイスラムの拡大は、単に支配者の武力だけによるものではなく、むしろその多くはイランのこうしたイスラム神秘主義者によるもので、彼らは精神的な影響力によってインドの人々をイスラム教に引き寄せました。多くのイラン系の学者や聖職者は生まれ故郷に留まらず、思考の成熟を遂げた後、自らの思想活動に適しており学問の中心であると見たあらゆる場所に赴きました。そして、彼らはタバリーやファーラービー、イブン・シーナーのように、その当時の多くの大都市に足を運び、自分の生誕地から大変遠く離れた場所で客死したのです。

 

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