8月 19, 2022 04:30 Asia/Tokyo
  • 1953年のイラン政府に対するアメリカのクーデター
    1953年のイラン政府に対するアメリカのクーデター

19日金曜はイラン暦モルダード月28日に当たり、1953年のイラン政府に対するアメリカのクーデターが勃発した日です。

1953年8月19日、パフラヴィー王制側の兵士がアメリカとイギリスの協力により、当時のイランのモサッデグ政権を転覆し、国外に逃げていたモハンマドレザー・パフラヴィー国王を再び王位に復帰させました。

このクーデターは、アメリカとイギリスのイランに対する内政干渉の一部であり、これはイランの石油国有化運動の勝利後、国際司法裁判所がイランとイギリスの石油契約問題に関して、イラン側に有利な判決を出していた中で勃発しました。

当時のイランのモサッデグ合法政権の崩壊につながった、英米によるこのクーデターは、1979年のイスラム革命の勝利前のイランの政治史における重要な時期を想起させるものです。

また、イランの石油国有化運動の勝利の時期にあったイランに対する一連の米英介入の一部であり、イランとイギリスの石油協定問題に関して、国際司法裁判所がイランに有利な判決を下した時期に勃発しています。

近年、このクーデターへの外国の関与についての文書が公開されており、一部のアメリカの高官も、このクーデターにアメリカとイギリスが直接関与した事実を認めています。

アメリカの政治専門家ホーンズバーガー氏も、「私がイラン人だったら、まだこのクーデターに憤慨している」と語りました。

 


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