9月 21, 2020 12:49 Asia/Tokyo

1980年9月22日(イラン暦1359年シャフリーヴァル月31日)は、イラクの旧バース党政権がイラン領土への軍事侵略と空爆を開始し、対イラン全面戦争を開戦した日です。

この日、12のイラクの地上部隊が1000km以上に及ぶイラン南西部の国境を侵略しました。

イラクの侵攻開始当初には、イランの複数の都市と数十の国境の村が占領され、防衛手段を持たない多数のイラン人女性と子供たちがサッダームの拡張主義と野望の犠牲となりました。

一方、1979年のイランイスラム革命の勝利により、ペルシャ湾岸地域における自らの不法な利益が危機に瀕していると見た超大国及び、この地域の一部の国の政権が、サッダームに大規模な財政、軍事援助を行い、政治、宣伝の分野でもそれを後押ししました。

しかし、これらの国は、信仰心あるイランのイスラム戦士によるイラク侵略軍への勇敢な抵抗に遭ったため、イラン・イスラム共和国の打倒という自らの目標を達成できませんでした。

イランの防衛軍との戦いで連敗を喫したサッダーム軍は、そこで戦争犯罪と民間人へのロケット弾攻撃、そしてイラン北西部・西アゼルバイジャン州サルダシュト、そしてイラクのクルド人居住区ハラブジャに対する、禁止化学兵器の使用という暴挙・愚行を強行します。

イラン軍への連敗に甘んじた後、遂にサッダーム軍は国際的に認められた国境の向こう側に押しやられ、国連決議598により1988年8月20日に両国間で停戦が成立しました。

毎年イランでは、イラクによる開戦日のシャフリーヴァル月31日(2020年は9月21日)から、侵略者に対するイランの聖なる防衛を記念した「聖なる防衛週間」が始まり、一週間にわたって関連行事が開催されます。

「聖なる防衛」

 

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