6月 04, 2022 15:37 Asia/Tokyo

イランイスラム共和国の建国者ホメイニー師が逝去してから、4日土曜でちょうど33年が経過します。

イラン暦ホルダード月14日にあたる6月4日は、ホメイニー師の逝去記念日とされています。

イラン・イスラム共和国の建国者・故ホメイニー師の逝去記念行事が、今年は新型コロナウイルス関連の衛生プロトコルを厳守した上で、2年ぶりに直接対面式で開催されており、現在のイランイスラム革命最高指導者ハーメネイー師がこの式典で演説を行っています。

ホメイニー師の没後33年が経過しても、その宗教、政治、文化、社会的な思想は、現代がたどる複雑な道程をこれまで同様明るく照らしています。

パレスチナ・イスラム聖戦運動の幹部の1人シェイフ・ヘズル・ハビブ氏は国際通信イランプレスのインタビューに対し、「ホメイニー師の思想はこれまでどおり、イスラム共同体の中にしっかり根付き、影響を及ぼしている」と述べています。

1979年のイスラム革命の勃発は、間違いなく20世紀の重要な世界の出来事の1つとされており、これに関してイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズは次のように語っています。

「イスラム革命は、国際社会の注目をマルクス主義やリベラリズムから、イスラムへと向けさせた」

1989年6月4日、ホメイニー師は不屈の精神に満ちた波乱万丈の生涯を閉じました。

ホメイニー師は1963年より、当時の専制的な王制やイランに対するアメリカの内政干渉との闘争を開始しましたが、その結果王制側によりまずトルコに、その後はイラクに追放されました。

しかし、イラクに追放されていた13年間においては、多数の門下生らの教育に当たるとともに、王制の腐敗した体質やイランにおけるアメリカの違法な欲望を徹底的に暴露し、啓発的な情報の発信により、1979年のイスラム革命勝利の基盤を打ち立てました。

最終的に、ホメイニー師の聖なるフランス移住と闘争のクライマックス、さらにはイランへの凱旋帰国の後、1979年2月11日にイスラム革命は最終的な勝利の栄冠に輝きました。

イスラム革命後も、1980年代の旧イラク・バース党が一方的にしかけてきたイラン・イラク戦争をはじめとした、国内外の敵や大国の陰謀をものともせず、ホメイニー師は当時の幾多の難局を乗り越え、イラン国民を威風堂々と勇敢に導いています。

 

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